彼女は染まりやすい
私が20代のうちに転職した5社目の会社で、気の合う女性社員に出会った。
彼女はその会社に1ミリも興味がなく、「いつかアロマの仕事をしたい」と言っていた。
仕事中もやる気のなさが香ってくるほどだったが、いつも笑顔で、可愛くて、なぜか憎めない。私は27歳、彼女は35歳。歳の差はあれど、よくランチや飲みに行った。
当時の彼女は、アロマ関係の起業家と付き合っていた。「ああ、趣味が彼氏経由でインストールされたのね」と思ったが、普段インテリ風を装っているのに実は男の趣味にすぐ染まる感じも可愛いらしく、妙に親近感があった。
ちなみにその彼氏は、Twitterで偉人の名言をポエム調で投稿するタイプ。プロフィール文は「世界を変える途中」。なんだこいつと思っていたけど心の中にしまっていた。
やがて私はフリーランスになり、なぜかその彼氏から仕事をもらうことに。しかし、支払いは遅れるわ、こちらの都合はガン無視だわで、薄々思っていた“そこそこのクズ”認定を正式に下した。
疑念という名の香り
私がフリーランスに転身した後も、彼女とは時々会っていた。ある日、彼女は言った。
「私、実はエッセイストとしても活動してるんだ〜。フォロワー2,000人いるから、まめにFacebook更新しないと」
…2,000人。すごい。キリ番を祝うレベル。そして私もFacebookを始めた。当時はフリーランサーや起業家同士がFacebookで繋がりを持つことが、なんとなくクールに思えたんだ。
後日、Facebookで彼女と友達になってみると、「いいね」は5件。ん?指で数えられる?フォロワーの数と、いいねの数は比例しないんだな、きっと。私も彼女の投稿に「いいね」をポチりと。
文章も、なんというか、無味無臭の癒し系。「エッセイ」というより「社交辞令の塊」みたいな内容だったが、幼少期から拗れていた私の感覚が、彼女の文章を無味無臭にしているだけかもしれない。
私は当時、取材・撮影・執筆・デザインまで全部自分でやるフリーペーパーを発行していた。自腹を切ってでも実績を作るフェーズだったので、発行のたびに彼女にも手渡していた。読むか読まないかは別として、「届けたい人」には届けたかったのだ。
当時、2015年前後のFacebookはまだ勢いがあったので、私がフリーペーパーの発行で投稿するたびに、少なくとも、友達の友達なども含めて50「いいね」が付いた。とても嬉しかった。フォロワーは300人にも満たなかったけど。
その頃彼女は起業家と別れ、婚活モードに突入。「この前ジュエリーデザイナーと…」「あの飲み会でデートが…」と、毎回どこから出てきたのか分からない肩書の男たちとデートしていた。彼女の婚活は、職業欄が華やかな男たちの展示会だった。
そして確信へ
しばらくして、彼女は某有名メーカーのデザイナーと結婚した。
相手は上場企業にお勤めだ!本気だ、これは。
前の男たちが全員エキシビションだったことを確信した。
結婚式にも招待された。私もドレスアップして、「本当におめでとう!」と声をかけた。その瞬間、彼女の第一声は「え、カメラ持ってきてないの?」だった。
いや、待て。今日は私、ゲストで来たんですけど?
ヒール履いてるし、ドレスだし、なんなら今日は祝う側の人なんだけど?
フリーランスになってからは取材用に一眼レフを持ち歩くことも多かったけど、まさかここで「カメラ係」として期待されていたとは思わなかった。
祝儀を渡しながら、これは“友情の手切金”だな…と心の中でそっと呟いた。
この文章を書いたことを機会に、久々に彼女のFacebookをのぞいた。
フォロワー数が7,000人に増えていたが、いまだに彼女の「エッセイ」を読んだことがない。